2017.05.29
#13「学問の本質とは(三学より)」
少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。
壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
老いて学べば、則ち死して朽ちず(人間学言志緑 三学)
青少年の時代に志を立てて学問をすれば、壮年の頃になって必ず何事かを為すことができる。
壮年になってもよく学ぶものは、年をとっても衰えない。
老いてもなおかつ学ぶものは、死んでもその名が朽ちない。
若い時代に志を立てて真剣に勉強するということは、成長しようとする作物によき肥料を施すようなもので、それは必ず作物を繁茂させ、よき実を結ばせることになる。
古来から、偉人といわれる人は、必ずといってよいくらい、青少年時代に刻苦勉学した人たちばかりである。只、若いときには勉強した人でも、30、40歳代の壮年になると、事業が忙しくなったり、いろいろの地位に就いたりして、だんだん勉強しなくなる。しかし、壮年になってもなおよく学ぶものは、年をとってもぼけない。さらに、年をとってもなおよく学ぶものは、死んでもなおその名が朽ちない人になる。
このように、本当の学問には、終わりがない。死ぬまで学問を志し、勉強することが人物を創る。
事業経営者や組織のリーダーにとって、日々の熟考と実践が学習の連続であり、その中に、人を動かす要諦やビジネスの機会と成功の種が視えてくる。そして、トップとしての「決断と実行」を遂行するためにも、己を磨き、心の鏡を私欲で曇らせてはいけない(明鏡論)